COLUMN

家を所有するということ

3人の子供たちがまだ小さかった頃、出勤の支度をして子供たちの寝顔を見てから家を出るのが日課であった。

布団のあちこちから子供たちの顔や手や足が出ている様は、まるで天使が雲から顔を出しているように思えたものだ。

当時は3LDKの賃貸マンションに住んでいた。その子供たちがやがて大きくなって自分たちの部屋を欲しがるようになり、無理をしてなんとか一戸建てを所有することとなった。いまでもときどき以前住んでいた賃貸マンションの前を通ることがあるが、当時の子供たちの寝顔を思い出すと懐かしさが込みあがってくる。

現在の一戸建ては当時の賃貸マンションよりもリビングが広く、それぞれが思い思いの姿で寛ぐことができ、柱や壁の傷が増えていくとともに、家族の思い出も積み重なっていくことだろう。やがていつかは住宅ローンも返済が終わり、その頃には妻と二人だけになり質素な食事で満足できる平穏な生活と平静な心を持ち、そしてどちらかがいなくなり、子供たちの誰かがこの家を引き継ぎ、建て替えて連綿と子に孫に引き継いでいくのだろうか。

家を所有するということは財産を作るばかりでなく、家族の思い出を幾層にも重ねて残していくという揺籃にも似たアルバムを所有することなのだろう。